楽しむ時間 baliでの自由時間
バリでのリトリートを通して、改めて「楽しむことを大事にしたい」と感じました。好きなピラティスを友人と一緒に楽しみ、波の音や心地よい音楽が流れるリゾートのプールサイドで過ごす時間。ただただのんびりと、予定を詰め込まず、何をしようかなぁと自由に考えて行動できる環境が、普段の生活とはまったく違う贅沢な時間に感じられました。
以前の記事でも書いたように、ヨガスタジオを探して実際に足を運んだり、ショッピングやサーフィン、マッサージを楽しんだりと、やりたいことを存分に満喫しました。でも、何もしない時間を楽しむというのは、意外と難しいものだと気づいた瞬間がありました。
「何もしないこと」に対するそわそわ感
ある日の午後、ランチを終えてから夕方まで時間がぽっかり空きました。友人が「日焼けしに行かない?」と誘ってくれて、プールの横のソファに座ることに。普段なら、日焼け目的でただ座るなんてことはしません。気づいたらぼーっとしてしまうことはあっても、「意識的にぼーっとしよう」とすることはない。だからこそ、最初はなんだかそわそわしてしまいました。
さらに、日本に残してきた息子のことや、面倒を見てくれている親のことが頭をよぎり、「こんなにのんびりしていていいのかな?」と、どこか申し訳ないような気持ちに。でも、そのときふと気づいたんです。 「楽しむこと」って、こんな風にふとした時間を味わうことでもあるんじゃないか って。ずーっとプールサイドにいてひたすら話しているリトリートのメンバーもたくさんいて、私とは次元の違うゆとりを見せてもらいましたよ☺️
↑とりあえずスマホでchill。この不思議な感覚はいまでも鮮明に覚えているくらい特別🫢
「楽しむこと」は特別なことじゃなくて、日常の中にもある
バリのリトリートで感じたのは、「楽しむこと」は必ずしもアクティブに何かをすることだけじゃないということ。大好きなアクティビティに没頭するのも楽しいけれど、ただプールサイドで風を感じながら何も考えずに過ごす時間も、同じくらい価値がある。
日本に帰ってからも、この感覚を大事にしたい。特別なリトリートじゃなくても、普段の生活の中で「ちょっとぼーっとする時間を楽しむ」とか、「あえて予定を詰め込まずに、流れに身を任せる」とか、そんな風に過ごしてみるのもいいのかもしれません。
バリの時間が教えてくれた「楽しむこと」の意味を、日々の生活の中でも少しずつ取り入れていこうと思います。
↑ぼーっとしてたら鳥の行進🦆🫢
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